株式会社テレビ東京
代表取締役社長小孫 茂

代表取締役社長 小孫茂

マスコミ/テレビ局

弱点を強みに。
どんなときも「視聴者目線」のトップバッター

文字サイズ

はじめに

他局とは一線を画す番組で、コアなファンも多いテレビ東京。平成29年6月に新社長として就任したのは、日本経済新聞社で長年記者としてのキャリアを築いてこられた小孫茂さん。テレビ東京では、自らを「視聴者目線の経営者」と称しますが、だからこそ、放送人が見逃しがちな時代の変化にいち早く気付けるのだと言います。
規模が小さいという弱みを「独自性」という強みに変え、快進撃を続けるテレビ東京。
小孫社長に、記者時代の思い出や現在の心境、今後の展望について伺いました。

インタビュー

文章を書くことが くせになった少年時代

株式会社テレビ東京 社長 小孫茂

新聞記者を志したきっかけを教えて下さい。

私の通っていた小学校では5年生から6年生まで、毎日、原稿用紙2枚分の作文を書くという宿題がありました。題材は何でも良かったのですが、日記とは異なりテーマが何も思い浮かばない日には、涙を流しながら書いたものです。しかしそのうちに、書くことが大好きになっていました。新聞記者に必要な「テーマに気づいて書く」ことの癖がこのときについたのだと思います。

根幹にあるのは、ケネディ大統領と弟のロバート・ケネディの暗殺事件をテレビ映像で観たことでしょうか。当時、子ども心に「世の中は何て物騒で理不尽なんだ」と感じました。そして、文章の力で何とかできないかと思い、浮かんだのが新聞記者だったのだと思います。

実は、作文の宿題で「自分がなりたいこと」というテーマが出たことがありまして、私は「40歳までは新聞記者」と書いたんですよ。何故か「40歳を過ぎたら小説家、60歳を超えたら地理学者か歴史学者」とも書いていたのですが(笑)。

日米関係のもろさに出会う

株式会社テレビ東京 社長 小孫茂

有言実行だったわけですね。新聞記者になってからは、どのようなご経験をされたのでしょうか?

私が日本経済新聞社に入社したのは、採用人数が20名ほどと例年に比べ少ない年だったのですが、おそらく採用試験での作文のお陰で合格できたのだと思います。

通常、新聞記者というのは様々な情報を短い言葉に集約しなくてはならないのですが、このときは「制限時間があまっているし、まだ書きたいので裏に書きます」と書き続けたので、いやというほど書くなという印象を与えたのではないでしょうか。

記者時代は地方勤務も経験しましたが、昭和62年からアメリカに何度も駐在し、ワシントンとニューヨークで働いたことが思い出深いです。特に印象に残っているのは、ワシントンに駐在したときのことでしょうか。平成6年に第42代アメリカ合衆国大統領のビル・クリントン氏と第79代内閣総理大臣の細川護熙氏による日米首脳会談が行なわれたときのことです。

首脳の補佐官同士のやり取りを目のあたりにしました。結果的にその交渉は決裂し、私はそれを記事にしましたが、交渉役の意思がほんの少し食い違うだけで二国間の信頼もあっという間に壊れるもろさを感じました。外交のもろさとこわさを体感した経験としては今でも強く記憶に残っていますね。

人生観を変えた ニューヨークの駐在

株式会社テレビ東京 社長 小孫茂

ニューヨークの駐在時に、何か印象に残ったことはありますか。

ニューヨークは、世界で最も特殊な街のひとつだと思います。アメリカを代表する大都市のひとつですが、「アメリカという国の中の一都市」ではなく、「地球を地球の大きさで感じられる都市」という印象を受けました。

日本で流れているニュースのおよそ9割は、日本国内の情報です。しかし、ニューヨークに居ると国内の情報は半分くらいで、残りの半分は世界各国の情報が入ってくるのです。数分前に入ってきた情報と、今知った情報は別々の国のものであり、一見、何の脈絡もない。しかし、実はこの情報は関係性があるのではないだろうか。このように、点と点が線で結ばれる感覚をよく味わいましたね。

金融は情報によって動きます。ニューヨークには世界各国の情報が集まり、またそれを全世界に向けて発信している。だからこそ、ニューヨークは世界最大の金融マーケットなのだと確信しました。「地球上では今こんなことが起こっているんだ」と肌で感じられる街であり、最初の海外駐在地がニューヨークであったことは、私の人生を変えたと思っています。

弱点を強みに。 どんなときも「視聴者目線」のトップバッター

株式会社テレビ東京 社長 小孫茂

そうしたご経験を経てテレビ東京の社長に就任されたわけですが、現在の心境はいかがですか。

“ひと”のために役に立つことをやるのが社長なんだと強く感じました。“ひと”というのは社員の場合もあり、取引先であることもありますが、私が最も意識するのは視聴者のことです。成功するコンテンツというのは、目に入るものだけではなく、心にまで届いたものを指すのだと思います。視聴者がいつ、何のためにテレビをつけるのか。視聴者のニーズを第一義的に経営者が持っていないと、仲間内だけで楽しんでいるような、自分勝手な番組制作が行なわれてしまうことになりかねません。

ずっと放送を生業としている人からすると、新聞社出身の私はどう見ても素人なんですよね。だからこそ、心構えとしては「自分も視聴者のひとり」。視聴者目線で意見を言う経営者がいてもいいんじゃないかと思いますし、プロのテレビ局の経営者になる必要性はないと考えています。もちろん番組制作に関しては現場の判断が最優先なのですが、時々私が何か言うと、ハッとされることがあるんです。私が放送業界の出身であったら、意見も全く違うものになっていたでしょうね。でも、それが大事なんだと思います。

視聴者が求めている変化、スピード感に対応できるように、視聴者の視点から上手く見方を伝えていくことで、それを現場がプロとして活かしていってくれれば良い結果につながると思います。

「ふだん着のテレビ局」の 感覚を忘れず、 お茶の間にコンテンツを届ける

株式会社テレビ東京 社長 小孫茂

若者のテレビ離れも顕著ですが、テレビ東京が考える今後の展望を教えて下さい。

若者が離れているのは「テレビ受像機」ではないでしょうか。媒介するのがインターネットをはじめとする多様な映像メディアに変わっただけで、コンテンツ自体は見られているというデータもあります。しかし、全テレビ局が同じような番組ばかり流していると、視聴者も嫌になってしまいますよね。弊社で好評を頂いている企画に『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』がありますが、池の水を抜いたらヒット番組になるなんて誰も思っていなかったんですよ。生活の中や、すぐ隣の公園にドラマがある。それに気付くテレビ局なのでしょうね。そういうところにテレビ東京の良さ、ふだん着のテレビ局としての強みがあるのだと思います。

テレビには、まだまだものすごい可能性があります。テレビ業界で働いている人が自信を持って、多様なコンテンツを多様なツールで流していくことが大切なのではないでしょうか。テレビ東京はこれからも他局が気付かないような“普通のこと”にスポットを当て、皆様により楽しんで頂ける番組制作に努めたいと思います。

社名・役職などはインタビュー当時のものです。

インタビュー:2017年11月

経歴

昭和51年4月

株式会社日本経済新聞社 入社

平成20年3月

同社 取締役 東京本社編集局長

平成22年3月

同社 常務取締役 東京本社編集局長

平成26年3月

株式会社日本経済新聞社 取締役副社長

平成27年6月

株式会社テレビ東京ホールディングス 取締役副社長

株式会社BSジャパン 代表取締役社長

株式会社テレビ東京 取締役

株式会社 日本経済新聞社 取締役(現任)

平成29年6月

株式会社テレビ東京ホールディングス 代表取締役社長(現任)

株式会社テレビ東京 代表取締役社長(現任)

株式会社テレビ東京

株式会社テレビ東京

大都市圏に放送エリアを受け持つTXNネットワークで、日本経済新聞社グループとの友好関係をベースにしながら、「経済」、「アニメ」、「健全な情報バラエティ」を中心に特色のあるコンテンツを提供しています。

株式会社テレビ東京
〒106-8007
東京都港区六本木3-2-1
六本木グランドタワー

※これより先は、「マスコミ検索 メディアポ」へ遷移します。

トップページヘ戻る
ページトップへ