ブラザー工業株式会社
代表取締役社長佐々木 一郎

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

電気機器

これまでも、これからも、
常にお客様目線のものづくりを

文字サイズ

はじめに

ブラザーグループは、ミシンの修理業として1908年に創業しました。多様に移り変わる顧客ニーズや時代の変化に合せて、レーザー複合機やスキャナー、家庭用ミシン、工業ミシン、通信カラオケシステムなど様々な分野において製品を開発・販売し続け、大きく成長を遂げました。100年以上の歴史を持つ企業でありながら、どうしてこれほどまでに柔軟で迅速に対応し続けられるのか?社長の佐々木一郎さんにお話を伺いました。

インタビュー

レーザープリンターを 開発しなければ、 ブラザー工業に未来はない。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

御社初のレーザープリンターの開発に至った経緯をお聞かせ下さい。

入社2年目に、アメリカ西海岸へ8ヵ月長期出張に行きました。アメリカ西海岸といえば、当時のコンピュータ産業の最先端。アメリカにある弊社の販売会社に開発者を駐在させることになり、そこでなぜか、入社して間もない私に白羽の矢が立ちました。こいつなら日本にしばらくいなくても大丈夫だろう、と思われたんでしょうかね(笑)。

私が渡米してすぐ、アメリカの競合他社がレーザープリンターを発表しました。当時、弊社のプリンターでは、1分間に40字打つのがやっと。ところがこの競合他社のレーザープリンターは、1枚の紙に2,000文字印字されたものが1分間に8枚も印刷できたのです。40字/分と16,000字/分の差です。プリンター本体の価格は20倍ほどでしたが、勝負になりませんよね。これはすごい、弊社も一日も早くレーザープリンターの開発に着手しないとこれからのプリンター市場についていけなくなる。そう思ったわけです。当時はインターネットもなかったし、ファックスも国際電話を使うので高かった。そのため、レポートは毎日紙に書いて、エアメールで本社に送っていました。見聞きしたことはもちろん、レポートの最後には必ず「ブラザー工業は絶対レーザープリンターの開発をしなければならない」と、しつこく書き続けました。

1年で開発に成功。それを支えた情熱と危機感。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

その開発は想像以上に大変だったそうですね。

当時、弊社の商品価格の主流は2~3万円。ところが競合他社のレーザープリンターは40~50万円しました。「ブラザー工業でこんなに高い物が売れるわけない」「今までブラザー工業で行なった大規模なソフト開発は、ことごとく失敗してきた。だからお前ももうやめた方が良い」などと、あちこちから説得されました。それでも、自分の中では最先端の現場を見て、これを開発しなければセールスの人たちが苦しむことになるという確信がありましたから、なんとか上長を説得し、開発を認めてもらいました。

当時パソコンは貴重品で、予算の少なかった私たちレーザープリンターの開発チームには、1台も割り当ててはもらえませんでした。当然ですが、パソコンがなければプリンターの開発は不可能。そこで、平日は私と他の社員が自宅から持ってきたパソコン2台を使って作業し、土日出勤・月曜休みにして、土日には他のチームのパソコンも使わせてもらうことで、なんとか開発を続けました。当時は、ビル全体が空調管理され、会社も損益が苦しい時代。休日出勤時は空調の使用は禁止されていたので、夏は滝のように汗をかきながら、冬は開発に使っていたミニコンピューターからの放熱で暖を取って(笑)作業していました。どうしてそんなに苦しい状況でも続けられたのかというと、若さゆえの情熱や強烈なモチベーションがあったことはもちろんですが、「一生懸命に商品を販売してくれているセールスの人たちの姿が脳裏に焼きついていたこと」と、周囲の反対を押し切って進めているプロジェクトだったので、「プロジェクトが止められる前に商品化まで駆け抜けよう」という危機感も大きかったです。そして、弊社初のレーザープリンター「HL-8」を1年で発売までこぎつけることができました。

お客様を強く意識する きっかけとなった、 CS推進部長時代。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

技術者でありながら、CS推進部の立ち上げと同時に部長に就任されましたね。

ここでの経験は、まさに人生勉強の連続でした。まずは、当時プリンティング事業のカンパニープレジデントで、のちに社長となる平田は、「新製品よりも、ブラザーのプリンターを今お使いのお客様が、その製品が壊れて仕事が止まる方が深刻だ。補給部品(修理に使う部品のこと)を絶やすべきではない」という方針を掲げました。なぜそんな方針をわざわざ掲げたかというと、当時弊社では補給部品の供給が滞っていたからなんですね。しかし、平田が「もしも補給部品が不足するようなことがあれば、新しい製品の生産を止めてでも補給部品を作らないといけない」と言っているにもかかわらず、毎月の新製品の生産台数を決める生産調整会議が行なわれている。仕方がないから私は、「これだけ補給部品の生産が遅れているのに、あなた方はなぜこんな状態で新製品生産の話ができるんですか」と会議に乗り込み、営業部長などを説得しました。これをきっかけに、補給部品の供給の重要性への意識が高まりました。しばらくすると、海外出張から帰国した平田と営業部長が私のところへやってきて、「今まで販売会社との会議では、『補給部品の供給が悪い』と毎回怒られてきたが、今回はじめて『補給部品の供給が良くなった』と褒められた!」と(笑)。

その他にも、週報を提出してもらうようにしました。今週の予定や考えていることなどを報告してもらうのですが、そこにコールセンター長が「困ったお客様シリーズ」を書いてくれるようになりました。たとえば「ファックスが壊れた、どうなっているんだ!すぐ来い!」と言われて行ってみると、実は電話線が抜けていただけだった、というようなことが書いてある。すると、それを読んだ多くの部署が「コールセンターってこんなに大変なんだ」というところから始まり、「お客様のためにも、もっと使いやすい製品を作らないといけない」など、お客様を意識する、という現在の社風のベースができていったように思います。

物事は、先の先のそのまた先まで 考え尽くす。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

イギリスの販売会社社長時代に印象的だったことは?

イギリスでは、3年間ブラザーU.K.の社長を経験しました。日本だと「来年度はこれをやろう」とトップが言えば、たとえ渋々でも社員は動いてくれました。ところがイギリスでは、「社長は、なぜそれをベストだと思うのか教えてほしい。自分はこっちの方がいいと思う」とくるわけです。となると、「その案も考えたけれど、その案だと○○のようなリスクがあるため、こちらの案の方が良いと考えた」と、論理的に説明しなければ部下は動きません。一見手間のようにも思いますが、全員が納得しさえすれば、その後の部下の動きというのは、日本人よりもずっと速かった。このイギリスでの経験があったからこそ、日頃から物事を深く検討し、どんな意見に対してもきちんと論理的に説明できる、というスキルが身に付いたのだと思います。人間とはおもしろいもので、自分より深く物事を考えている人について行こう、という気になるんですね。

時代と共に変化する顧客ニーズに 敏速に答える、という使命。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

今とこれからのブラザーの強み、大切にしたいこと、将来展望はいかがでしょうか。

今のブラザーの強みは、社員みんながお客様の方を向いていることです。私たちはBVCM(ブラザー・バリュー・チェーン・マネジメント)と呼んでいますが、すべてはお客様の声が起点であり、それに寄り添った製品・サービスを迅速に提供できる対応力が弊社の特徴だと思います。お客様を意識する、というのは、簡単なようで実はお客様のことを理解しないとなかなかできないことです。私はもともとエンジニアだったので分かるのですが、特にエンジニアというものは、技術的に難しく開発が大変だった物を完成させると、「よし、良い物を作ったぞ」と満足してしまいがちです。ところが、実際に販売会社に行き、お客様のところへ行ってみると、技術的に難しい物とは、売る人も使う人もよく理解ができず、結果誰も使わない=顧客価値ゼロ、ということになっている場合があります。自分の人生の大事な時間を使って開発した物が顧客価値ゼロ。これは非常にショックですよね。ではどうするべきか。技術的に高度な物が必ずしも良いというわけではなくて、お客様にとって分かりやすくて簡単で便利な物を作る、これが自分たちのやるべきことなんだ、と気が付くわけです。お客様の方を向き、お客様にとって価値のある物を開発することが自分たちのミッションなんだ、ということを社員が強く認識しています。

弊社は他社と比べても技術的に特別進んでいる、というわけではありませんし、もっとブランド力が強い企業が国内外にたくさんある。でも実は、一度弊社の製品を使って頂いたお客様は、リピート率がすごく高いんです。お客様にとって、本当に使いやすく、親切な製品が提供できているのだなと確信できますし、嬉しくなりますね。これからペーパーレス化が進む時代、プリンター開発を続けつつ、次の時代のニーズも敏感に察知して新しい製品の開発にも着手していく。そのためにも、自分がお客様だったらそれが欲しいと思うか?というように、お客様目線で物事を考えることはさらに大事になってきます。コーポレートメッセージである『At your side.』 、お客様の立場になって考えるという精神は、これからもずっと弊社が大切にしていかなければいけない部分だと思っています。

人が敬遠するような 厳しい現場にわざわざ行ってみる。

ブラザー工業株式会社 佐々木一郎

社長になられてからのご自身の変化と、これからを担う世代へのメッセージを。

自分が納得できないことは、たとえ上司の意見でも反論していたので、いつクビになるのかと思っていたから(笑)、自分がこうして社長になったことがいまだに信じられないほどです。ただ、若い頃から、社員として「会社にとってどうした方が良いか」「お客様のニーズは何か」を考えて続けてきたので、「社長になったからこうしている」という特別なことはないんです。これまでしていたことを当たり前に続けていけるかどうかが大切なのかな、と感じています。ただ、ナンバーワンの立場になるというのは、イギリスの販売会社時代でもそうでしたが、自分の決断が会社や従業員の幸せを左右する、その責任は非常に強く感じますね。

私は、人が生きる意味は、この世を少しでも良くするためにあると思っています。今当たり前に使っている水道、電気、エアコン、インターネットなども、過去の先輩方が苦労して残してくれた物ですよね。だったら今を生きる私たちも、次の世代に少しでももっと便利で良い物を残さなければならない。そのために自分は何ができるだろう、と考えてみてはどうでしょうか。また、厳しいことを言ってくれる人や、他の人が敬遠するような難しい現場にどんどん足を運んでほしいと思います。いわゆる“偉い人たち”が見ないような現場を積極的に体感しに行くのです。これまでもこれからも、現場の今を知っている人は強いですからね。

社名・役職などはインタビュー当時のものです。

インタビュー:2019年6月

経歴

昭和32年4月

名古屋市千種区で生まれる

昭和58年3月

名古屋大学大学院工学研究科 修了

昭和58年4年

ブラザー工業株式会社 入社

平成12年10月

同社 インフォメーション・アンド・ドキュメント カンパニー 商品企画部長

平成13年10月

同社 インフォメーション・アンド・ドキュメント カンパニー CS推進部長

平成15年4月

同社 インフォメーション・アンド・ドキュメント カンパニー QM推進部長

平成17年1月

ブラザーU.K.社長

平成20年4月

同社 NID開発部長

平成21年4月

同社 執行役員 NID開発部、技術開発部担当 兼 NID開発部長 兼 技術開発部長

平成25年4月

同社 常務執行役員 サービス&ソリューションズ事業統括 ソフトウエア第1開発部、ソフトウエア第2開発部、アプリケーション開発部 担当

平成26年6月

同社 取締役 常務執行役員 サービス&ソリューションズ事業統括 ソフトウエア第1開発部、ソフトウエア第2開発部、アプリケーション開発部 担当

平成28年6月

同社 代表取締役 常務執行役員 ドミノ事業 統括、産業用印刷準事業 統括 産業用印刷準事業 産業システム営業推進部、産業用印刷準事業 新規技術開発部 担当

平成29年4月

同社 代表取締役 専務執行役員 ドミノ事業 統括、産業用印刷準事業 統括 産業用印刷準事業 産業システム営業推進部、産業印刷準事業 新規技術開発部 担当

平成30年6月

代表取締役社長(現職)

ブラザー工業株式会社

ブラザー工業株式会社 外観

ブラザー工業株式会社は、1908年(明治41年)、ミシンの修理業としてその歴史をスタートさせました。レーザー複合機、ミシン、通信カラオケシステムなど様々な分野において製品を開発・提案し続けています。レーザープリンターは、各国で高いシェアを獲得。特に日本、アメリカ欧州市場では、量販店・ネット販売向けの小型モノクロレーザー複合機のシェアが40%を超えています。

ブラザー工業株式会社
〒467-8561
名古屋市瑞穂区苗代町15番1号

※これより先は、「ビッグカンパニー」へ遷移します。

ページトップへ