株式会社キングジム
代表取締役社長宮本 彰

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

その他製品

社長の意見よりも、
現場にいる社員たちの声の方が正解になる

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はじめに

今回のリーダーは、株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰さんです。1927年に創業以来、独創的なファイル用品を数多く開発し、特に「キングファイル」は、日本のオフィスにファイリングという習慣を根付かせました。そして1988年に開発されたラベルライター「テプラ」は、オフィスだけでなく家庭でもラベル表示に活用されています。
ファイルやラベルライターなど、パイオニアとして新たな市場を開拓してきたキングジムを率いる宮本社長は、創業者を祖父に持つ4代目。創業家に生まれたご自身のことや今後の展望についてじっくりお話を伺いました。

インタビュー

小さい頃から自然と触れ合ってきた「商売」

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

株式会社キングジムの創業者は宮本社長のおじい様と聞いております。
おじい様との思い出など、幼い頃のエピソードをお聞かせ下さい。

私が幼い頃は小児喘息が酷く、体が弱くて学校も休んでばかりでした。親はちゃんと育つのかと心配したほどです。そのせいもあってスポーツよりも、動物が好きだったのでバードウォッチングや魚釣りが好きな子どもでしたね。
しかし、祖父は私の将来を期待していたようです。キングジムは昭和2年に祖父が会社を創業し、孫の中では男が私1人だったことも理由だったかもしれません。小さい頃から自然と商売というものに触れ合える機会を作っていたように思います。

例えば、私が小さい頃、本社ビルに住んでいたのですが、そこでは年末に「歳末大売り出し」があったんです。それを手伝うとお小遣いがもらえたので、小学生低学年の頃は手伝っていました。
値段がかなり安かったこともあって、どんどん売れていく。さらに店頭で小さい子が頑張っていれば、お客様もつい笑顔になって買ってしまう。自分が手伝いをして、みんな笑顔になって、たくさん買ってくれて、そしてその何割かがお小遣いとしてもらえる。今考えるとあれも、商売を覚えさせようとしていたのでしょうね。商売って楽しいぞ、売れると幸せだぞっていうことを。
私はおじいちゃんっ子だったので、お小遣いよりも祖父に褒められると嬉しかったし、手伝いそのものが楽しかったですけどね。

大学での最大の思い出は、妻との出会い

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

学生時代の思い出をお聞かせ下さい。

成長しても動物好きは変わらなかったので、大学では釣りのクラブと野鳥の会に入りました。特に野鳥の会は結構はまりまして、全国でバードウォッチングをしたり、日本野鳥の会一斉調査では皇居のお堀担当で調査をしたり。勉強よりもそちらに精を出していたかもしれません。

そして大学といえば、最大の思い出は妻との出会いがあったことですね。大学入試のときに私の前に座っていたのが妻でした。おさげ髪の素敵な人だなと思って、まさに私の一目ぼれでした。さすがに受験のときに声はかけられませんでしたが、前の席で受験番号は分かりましたし、合格発表で「あ、あの子も受かっている。もしかしたら会えるかな」と期待したことを覚えています。

入学してから、奥様とすぐに知り合えたのですか?

私も妻もフランス語で受験しており、フランス語受験者は少ないため、同じクラスになったんです。そのときに「受験番号何番の方ですよね?」と声を掛けました。卒業して25歳で結婚しましたが、この出会いが学生時代の一番の思い出です。

経験豊富な先輩に早く追いつきたい一心で、 大学卒業後に入社

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

大学卒業後は、すぐにキングジムに入社されたのでしょうか。

キングジムに入社するのか、他の会社に入社するのか迷いましたが、いずれキングジムを継ぐことが分かっていながら他の会社に就くのはその会社に失礼だと思ったのと、何よりキングジムには経験豊富な先輩方がたくさんいた。「一日でも早く先輩方に追いつきたい」と思って自分から志願し、大学卒業後すぐに入社しました。

入社されてからは、どのような経験を積まれましたか?

弊社はメーカーですから、物作りが一番大事だということで、最初に千葉県の工場にある資材部で、段ボールの仕入れや発注を任されました。段ボールは、品質トラブルは少ないですが、発注を間違えてしまうと、ときには工場のラインが止まってしまうこともあります。実際に自分もミスで止めてしまったこともありました。
資材部で一通りの経験をしたあと、本社で営業として海外への販売を担当、さらに経理部に移って経理財務を経験した後、経営企画室へ。会社全体の予算、進捗状況などを見ながら、会社の業績を少しでも良くするにはどうしたら良いかということに携わりました。

初代から3代目社長まで、 良いところをミックスさせたい

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

様々な部署を経験して、
4代目社長になったときはどんなお気持ちでしたか。

先代までの社長を思い浮かべ、自分はどのタイプだろうと考えました。
初代の祖父は相当な変わり者で発明家でした。世の中にない物を作ろうと熱心な人で、失敗作もたくさんありましたが、発明した商品が売れて、少しずつ会社が大きくなりました。
2代目は私の伯父です。とても社交的な人で、良い物を作ったのなら売らなければいけないと、営業面でとても貢献しました。ただお酒好きが災いしたのか身体を壊し、早くに亡くなってしまいました。そして祖父の娘であった私の母と結婚した父が、3代目社長に。父はもともと銀行に勤めていたので、財務内容を整え、キングジムは上場企業としてやっていけるまでに成長しました。

そして自分は…と考えたときに、どれも違うような気がしました。やはりメーカーなので、基本は創業者である祖父のようになりたいと思っていますが、会社の規模が大きくなるとあまり無茶なことはできません。しっかり数字を見てやらなければいけないとなれば父のようになりますし、売上を伸ばさなくてはと考えれば2代目のようになりますしね。
初代、2代目、3代目のどれかのタイプに属するのではなく、難しいかもしれませんが、それぞれの良いところをミックスする形を目指したいなと思いました。

社長の意見よりも、 現場にいる社員たちの声の方が正解になる

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

社員に対して意識して行っていることをお聞かせ下さい。

社員の声をよく聞くということです。
ある程度の規模の会社はボトムアップを基本でやるべきだと思っています。理由は、どんなに優秀な社長であっても、全部門の詳細な動きまで把握することはできないからです。
それぞれの部門で毎日熱心に仕事をして研究を重ね、実戦経験をくり返す現場の人たちの方が、世間から何が求められているのかなど良く分かっていることもあるでしょう。彼らの言うことの方が、正しい確率が高いのだから、社長はうわべしか知らないのに分かったようなふりはせず、しっかりと意見を聞かなければと思います。

商品化を決める開発会議では、
どのような基準で商品化を決めているのでしょうか。

会議で提案される商品は、いろいろなハードルを乗り超えてきているわけです。なので、そんなに大コケすることはないだろうと考えて、ほとんど承認しています。もちろん売れる物だけを開発したいですが、何が売れるかなんて誰にも分かりません。
極端なことを言うと、社長はイエスマンで良いと思っています。社長の一番大事な仕事は「それぞれの部門に優秀なプロフェッショナルを、いかにして配置できるか」ですね。

社員全員が主役になれるチャンスがある

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

御社には誰もが活躍できるチャンスがあるとお聞きしました。
その点お聞かせ下さい。

商品開発でいえば「最初に考えた人が1番偉い」という発想があります。部長や新入社員といった役職は関係ありません。最初に商品を考えた人が「ヒーロー&ヒロイン」なんです。開発会議でもその人に発表してもらいますし、その商品が大ヒットして取材がきた場合も、社長ではなくその人に対応してもらいます。
また、「社長賞」というのを、毎年年始に表彰しています。前年1年間で一番顕著な活躍をした人に最大100万円まで、社長から直接プレゼントする物ですが、対象者はヒット商品を作った人に限りません。営業ですごい売り上げを上げた人でも良いし、コストダウンに成功した人でも良いんです。社員全員が表彰されるチャンスがあります。

どのような部署であっても弊社には活躍できる場はいくらでもあるし、私もそれをしっかりと評価してあげたい。誰でも主役になれるチャンスがあると考えると、社員も自然とやる気になってくれるのではと思っています。

未来は明るいと思ってこそ、良い仕事に繋がっていく

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

今後力を入れていきたいことを教えて下さい。

コロナウイルスの蔓延やペーパーレス化の加速など、当社にとっては逆風と感じることもありますが、チャンスだとも思っています。無くなっていく需要もたくさんありますが、世の中が一気に変化し、新しい需要も生まれているからです。
コロナの影響で「テッテ」という自動手指消毒器の売り上げが伸びしました。以前からインフルエンザの予防対策用に販売していた商品ですが、それがコロナ禍で脚光を浴びることになりました。
ペーパーレス化でいえば、会社の柱であったファイルの落ち込みはありましたが、代わりに「テプラ」が伸びて、その穴を埋めています。とはいえ、テレワークの動きも受けて、一層脱ファイル化は進むでしょう。色んな商品にチャレンジしながら、ファイルと「テプラ」以外に、もうひとつ柱となる物を作っていかなければと思っています。

若い世代に向けて、社長からメッセージをお願い致します。

世の中の動きは次から次へと変わるし、壁に当たることは沢山あるかもしれません。ただ、どんなことがあっても常に未来が明るいと思って、取り組んでみて下さい。未来がバラ色だと思えば、やる気も出てくるし、「これをやったら、次はどんなに良くなるんだろう」とワクワクしながら取り組むこともできます。結果、良い仕事に繋がったりすると思います。
また、もしも自分の得意分野がある人は、それを延ばすことに力を入れてみるのも良いのではないでしょうか。「苦手分野を克服して平均を目指すのではなく、誰にも負けない唯一を目指す」。そういう人こそ、世の中にはまだ出ていない物を考えつく発想力を持っている気がしますし、弊社のような開発型企業から見ると魅力的に思えます。

社名・役職などはインタビュー当時のものです。

インタビュー:2020年11月

略歴

1977年4月

株式会社キングジム 入社

1984年9月

常務取締役 総合企画室長

1986年9月

専務取締役

1992年4月

代表取締役社長(現任)

株式会社キングジム

株式会社キングジム代表取締役社長の宮本彰

1927年創業。「キングファイル」「テプラ」など、パイオニアとして新しい市場を開拓。「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」を経営理念とし、新時代を切り拓く製品作りを続けている。

株式会社キングジム
〒101-0031
東京都千代田区東神田2-10-18

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