公益財団法人 講道館
館長上村春樹

講道館館長 上村春樹

柔道場

正しく柔道を継承していくのが
講道館の役割であり、私の仕事

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はじめに

2009年4月、柔道の総本山である講道館の五代館長に就任した上村春樹さん。小学5年生のときに、生まれ故郷の熊本で柔道を始めた上村さんは、高校生までインターハイに出たこともない無名選手でした。
しかし、柔道の名門・明治大学に入学した時は「一番弱かった」ものの、努力と研究で4年生のときには『ザ・ガードマン』と呼ばれるほど、投げられない選手に成長し学生チャンピオンに。

旭化成株式会社へ入社後は、全日本王者、世界王者になり、そしてオリンピック金メダリストにまでなりました。現役引退後は、全日本の監督、強化委員長を歴任。仕事においては、旭化成のグループ会社であるサランラップ販売株式会社の副社長を務めるなど、経営者としても活躍。
その後、2009年に、全日本柔道連盟会長兼講道館館長に就任、現在は、講道館館長に専念し柔道の普及振興に努めています。

インタビュー

自他共栄と精力善用という 柔道の精神

講道館 館長 上村春樹

まずは、全日本柔道連盟と講道館の役割の違いについて教えて下さい。

全日本柔道連盟というのは、柔道競技の統括団体であり、国内の競技・大会の運営をして、きちんと競技性を高めていく。それを通じて柔道の普及振興などをやっていくという団体です。そして、講道館というのは、柔道の普及振興団体であり、この講道館で生まれた柔道を、文化として、正しく国内外に伝えると同時に、後世にも正しく伝えていくというのが一番の役割であると私は思っています。

ただ、全日本柔道連盟と講道館は別の組織ではありますが、柔道の普及発展という同じ目標を持っているわけですから、協力し合って活動することも多岐にわたります。嘉納治五郎師範が明治15年(1882年)に柔道をつくられ、世界中の子どもたち、世界中の人たちに、人づくり、教育として、柔道というものを広めようとしました。そのためには、柔道が競技としても魅力のあるものでなくてはならないということで、多くの人の目に触れさせようとしたわけです。

嘉納師範は、オリンピックをいち早く日本に招致したり、1912年のストックホルムのオリンピックに出場するために大日本体育協会を作ったり、1940年には、東京で初となる夏のオリンピック、そして、冬は札幌で開催しようと推進していました。残念ながら、戦争で実現しませんでしたが、なぜ嘉納師範がオリンピックにそれほどまで興味を持たれたかと言うと、のちに「近代オリンピックの父」と呼ばれるクーベルタン男爵とのやり取りのなかで、オリンピズムというのは、スポーツを使った青少年の健全育成と国際交流による世界平和であると。これはまさに嘉納師範の考える『自他共栄(じたきょうえい)、精力善用(せいりょくぜんよう)』という柔道の精神と変わらないということで、必死に実現させようとしたわけです。

講道館館長就任の打診を 2年間断り続ける

講道館 館長 上村春樹

講道館館長として、最近はどのような活動をされているのですか?

まず、柔道を通した国際親善活動としては、昨年は4回海外に行きました。4月にブルネイ。これは『日本ASEAN自他共栄プロジェクト』ということで、ASEANの多くの人たちと交流して柔道の普及振興に努めようというものです。じつはブルネイは、ASEANの10ヵ国の中で唯一、柔道連盟がありませんでした。そこで、柔道連盟の設立を国王に許可して頂き、今回の発足式に参加し、講道館講習会を行なってきました。

6月にはハワイに行き、『日米修好150周年記念イベント』で講道館講習会をやりました。10月には『日本カナダ正式修好90周年』で、カナダのモントリオールにて講道館講習会を行ない、12月は『ジャポニズム2018』の関係で、フランス国内で計3回の講道館講習会を行なってきました。海外に出かけていき、私自身も柔道衣を着て、一緒に講習を行なっています。体が動く限りは私自身も現地に行って、いろいろと活動したいと思っていますし、正しく柔道を発信していこうと考えています。

柔道は、相手を投げたり、相手の首を絞めたり、関節を極めたりしますが、ただ相手を痛めつけるためのものではありません。なぜ柔道は教育的要素が高いと言われるのか、なぜ相手に礼をするのか、投げるというのはどういうことなのか、抑え込みとはどういうことなのか。そういうことを、講習会を通して正しく伝えていく活動をしているわけです。

最近でも、ルールの解釈に関して、寝姿勢と立ち姿勢ということで大議論が起きました。形だけで判断するのではなく、根本原理をきちんと認識して判断しなくてはいけないのですが、技や動きの多様化に伴い、それを判断するのが難しい局面というのが出てきています。そこで、やはり正しい判断を下していかなければいけない。競技の場面で起きていることであっても、柔道が間違った方向へ行かないように、柔道を正しく継承することが講道館の役割であると考えています。

「文化」というのは、こだわりだと思うのです。乗り物で例えるなら、車が道路を走っているときは、車という文化ですけど、空を飛び始めたら飛行機という文化になり、海を渡り始めたら船という文化に変わる。それは違ってはいけないと思うのです。柔道は着物を着て、ちゃんと礼をして、崩し、作り、掛け、それを体現する。技によって、それも危険ではない技で。なぜ柔道は、相手を背中から落とすように投げるかと言うと、それは受け身ができて安全だからなのです。相手を倒すことだけが目的だったら頭から落とせばいい。でも、それをやったらケガをさせてしまう。

普通、攻撃と防御があるものならば、攻撃から教えると思うのですが、柔道は逆で、受け身、つまり負けた後の姿から教える。これが嘉納師範のすごいところだと思うのです。

実は、私は講道館の館長への就任を打診されてから2年間断り続けました。それはなぜかと言うと、私は素人だからです。選手として強さを求めること、監督や強化委員長として勝たせ方とか競技の柔道はずっとやってきましたが、文化としての柔道に関しては、ほとんど考えたことがなかった。柔道の歴史もきちんと知らないような状況でした。それで断り続けたのですが、「それでも、どうしても」と言われ覚悟を決めたときに、では、私は講道館館長として何をやるべきかと考え、後世に柔道を正しく伝えていくことが私の仕事だと思ったのです。そして、そのためには柔道を難しく言うのではなく、分かりやすい言葉で解説していこうと、それを一番に心掛けて活動してきました。

相手の研究よりも まずは自分を知ること

講道館 館長 上村春樹

公益財団法人と企業との違い、あるいは同じところはどんなところですか?

公益財団法人と企業は、私自身は基本的に一緒だと思うのです。講道館に関して言えば、職員でも指導員でも、それぞれレベルアップしていってもらう。自分たちのいいところを、全部、きちんと出せるようにすることが大切だと思っています。私はサラリーマンもやっていましたけれども、みんな敵のことはよく研究しますが、意外と自分のことはあまり研究しません。よく「敵を知らずして戦うことなかれ」と言いますが、私は「自分を知らずに営業をするな」というのが持論です。もっと自分の良いところを深く知りなさい。まずはそこからだと。それと、人の3倍も4倍も仕事するのは無理だと思うのですが、1割増しくらいであれば誰でもできる。そして、その1割増しを10人でやれば、1人分になるわけです。

それは柔道という競技においても同じで、まずは、自分は何ができるのか、どういうことが得意なのか、自己分析をしっかりすること。相手の研究よりも、まずは自分を知ることだと思うのです。そして、人よりも少し多く努力すること。

私が現役の選手だった頃は、人の2倍3倍練習しろというのがスポーツ界の常識でした。でも、2倍3倍なんかできるわけがない。当時、私が所属していた明治大学の練習は3時間。2倍なら6時間。3日間ぐらいならなんとかできるかもしれないけれど、これを1年間続けることは無理だと。では、どうしたらいいかということを自分で考えて、毎日20分くらいなら人より多く練習できるかもしれないと、それをずっと続けたわけです。ひとつ良かったのは、私はもともとインターハイにも出ていないような選手でしたから、それほど期待されていなかったこと。たまたま神永昭夫先生に見つけられ、明治大学に来いと言われて、熊本の田舎の高校からやってきた。明治大学がどこにあるのか、柔道が強いのかどうかも知らないで来たわけです。で、来てみたら、とんでもなく強い先輩ばかりで、こんなところで自分は続けられるのだろうかと思いました。ただ、いちばんありがたかったのは、畳にスプリングが効いていて、柔らかかったこと。とにかくよく投げられましたから(笑)。

礼は相手に対する感謝であり、 相手に対する尊敬心の表れ

講道館 館長 上村春樹

講道館の館長になってからの10年は、どのような年月だったのでしょうか。

一言で表すと、『議論』の10年でした。昨日も酒を飲みながら、柔道関係の人たちと話をしたのですが、嘉納師範が行なっていた『問答』というのは、まさにこういうことだったのではないかと話したのです。柔道の修行というのは『形、乱取り、講義、問答』と言われますが、嘉納師範は、一方的に話すのではなく、門下生から論題を引き出させて、それを議論させるということをしていたと思うのです。お互いに考えて、意見を言い合う。それが問答であり、それが凄く大切なことだと思うのです。

いま、海外でもきちんとした講習会をやろうということで計画を進めています。以前から、形の講習会などはヨーロッパ柔道連盟と一緒にやってきているのですが、最近は『問答』をしてほしいという依頼が来るのです。海外でも『形、乱取り、講義、問答』という柔道の修行を、指導してほしいという声が上がってきています。講道館として、海外のそういった要望に対しても、しっかりと応えていかなければいけないと考えています。

国際化とよく言われますが、国際化というのは、英語をしゃべれるようになることではなく、自分の国の文化や伝統、歴史をきちんと紹介できることだと思うのです。

柔道も同じ。柔道という文化を正しく理解し、正しく伝えていかなければならない。そのためにも、しっかりと理解し、伝えられる人材の育成が大切だと思っています。

国際柔道連盟でも『本物』の大切さを理解し始めていて、それをルール化しようとしています。本来、柔道のルールというのは、柔道精神に基づいたもので、相手が傷つくような危険なことはしてはいけないという程度のものでしたが、ルールがないことで、勝つために、相手が持てないような柔道衣を着るようになったり、相手と組まずにタックルをするような柔道に変質してしまったりしました。そこで、細かく規定を作らざるを得なくなってしまったわけです。

昔は『正々堂々』という言葉がよく使われましたが、最近はあまり聞かれなくなりました。でも、柔道は『正々堂々』とやることを求め続けなくてはいけないと思うのです。柔道というのは、もともと心身の試し合いです。首を絞め、関節を取ることをオリンピック種目で唯一許されている競技です。でも、私たちのやっていることは人殺しではないし、相手にケガをさせることが目的ではない。技を競うこと、そして絞めや関節にしても、技により、相手の精神的な諦めを促すために掛けるものなのです。だからこそ、礼というものがとても大切だと思います。礼は相手に対する感謝であり、相手に対する尊敬心の表れだからです。

育てるには、 教えすぎないこと、 考えさせることが大切

講道館 館長 上村春樹

柔道とは何か。そして、柔道を修行する目的というのは何なのでしょうか。

嘉納師範の遺訓に「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である。その修行は攻撃防禦の練習に由って身體精神を鍛錬修養し斯道の神髄を體得する事である。さうして是に由って己を完成し世を補益するが柔道修行の究竟の目的である」というのがあり、そこから『精力善用、自他共栄』という言葉が生まれてきたわけですが、要は、柔道を修行し、世の中のためになる人間になりなさいと言うことなのです。

ただ、やはりまだ伝えきれない言葉があったり、暴力的な指導があったり、基礎が十分に教えられていないことでケガをしたりという問題も起きています。柔道の練習中のケガは、他の競技に比べると多いと思います。コンタクトスポーツなので仕方ないところもありますが、ケガはつらいですし、絶対におきないようにしなければいけない。私たちが力を入れていることは、子どもの指導がきちんとできる指導者を養成することです。いまは国際セミナーをやっていますが、ただ強化のためではなく、基礎をきちんと教えられるということが重要だと考え指導しています。強化する近道は、実は基礎をしっかりとやることなのです。例えば、重心の移動。基礎中の基礎ではありますが、それを教えると技もちゃんと覚えられるし、ケガも少なくなります。オリンピックに連れていくのが強化だと思われがちですが、子ども時代にきちんと基礎を教えることが、本当は一番の強化なのです。最近は海外でもそれを理解し、基礎を教えられる人材を求めてくる国も多くなってきました。

教えるとは何か?教えすぎるのもよくないと思うのです。知っていることはできるものだと勘違いしますから。知っていることは知識であって、できるのはその技を体得したとき。「教える」ことは誰にでもできますが、「育てる」にはもうひとつ工夫が必要です。それは何かと言うと、教えすぎないこと。相手に気づきをもたらす、考えさせることが大切だと思います。これは柔道に限ったことではありません。いまは、知りたいことはなんでもインターネットで知ることができる。でも、自分で考えなければ、決して自分のものにはならないと思うのです。

私は大学を卒業して旭化成に入社し、宮崎県の延岡市に行きました。最初の勤務地はレーヨン工場勤労課で、朝の7時半から仕事。だから朝の5時半からトレーニングし、午後は30分だけ早く上げてもらって、午後4時45分から毎日2時間45分の練習。柔道部員が15人くらいしかいないところで、その頃、私は全日本チャンピオンでしたから、みんなとは力の差がありました。でもあとから思うと、自分自身をもう一回見直すという意味で、そこでの体験が非常に役立ったと思うのです。「俺ってなんだろう。俺の強さ、良さってなんだろう」ととことん考えた結果、それは体の小ささだった。私はたぶん、今までのチャンピオンの中でいちばん受けは強かったと思うのです。大学時代は『ザ・ガードマン』と呼ばれるぐらい投げられなかった。柔道は負けなかったら勝つわけです。投げられなかったら勝つ。そういう発想を持たなければいけない。みんな勝とう勝とうとしますよね。私がなぜオリンピック代表に選ばれたかと言うと、それには理由がある。勝つ要素は私より他の選手のほうがずっと高かった。でも、私には負ける要素がなかった。とにかく投げられない。派手さはないけど、最後はどうにかして勝つわけです。それで無差別級に選出されたと思うのです。

スピードがある人はスピードを使えばいい、力のある人は力を使えばいい。体の大きい人は体をどんなふうにして使うか。私は小さくてスピードがない、力もない。それではなにが武器かと言ったら、体の柔らかさだと。それで、体の柔らかさと重心の移動を使った受けというのをとことん追求したわけです。だから、若い皆さんにももっと自分自身を見つめてほしい。みんな何かしら武器がある。それを活かす方法を考えてほしいと思います。

バイブルは 糸川英夫先生の『逆転の発想』

講道館 館長 上村春樹

上村館長が影響を受けたものや言葉があれば教えて下さい。

私は現役時代も、今の選手のように競技だけに集中するような環境ではなく、普通に会社に勤めていました。勤労課に1年いて、そのあとは広報課。決算発表の際の手元資料は、2年目から責任者として作っていました。今の選手たちにも、できる限り仕事はやってほしい。現役時代と言っても、1日中練習しているわけではないですから、いろんなことを体験してほしいと思いますね。オリンピックでも、コーチや監督が周りにいるとしても、最後は自分自身が戦わなければいけないわけです。そのときには、自分でいま攻めるのか守るのかというのを決めなければいけない。日頃から瞬間瞬間に判断するということを体験しておかなければいけないと思うのです。それは4年に1回の、競技によってはたった数秒で終わるものもある。柔道だって4試合か多くて5試合。しかも、試合当日にコンディションを最高潮にできるかも分からない。だからこそ、最悪の状態でも戦えるようにしておかなければいけない。そんなときこそ、日頃から体験していたことが役立つかもしれない。どこにヒントがあるか分かりませんからね。

延岡にいる頃に、職場の上司たちが、私をオリンピックで優勝させるためのプロジェクトを作ってくれました。メンバーは柔道をやっていない人たちばかりでした。私に本を贈ってくれたり、会社の役員クラスの偉い人たちの会食の場にも連れていってくれたりしました。そのときにもらった糸川英夫先生の『逆転の発想』という本は、その後の私のバイブルになりました。その本を頂いていなかったら、体が小さいことが武器になるとは思わなかったかもしれません。

それから、おそらく私が悩んでいたときだったと思うのですが、「上村、柔道を外から見てみたらどうだ」と言われたのですね。それで、たまたま道場に行って、練習が始まる前に座って何気なく壁を見ていたら、そこに技の系譜が書いてあった。そのときに、あることに気づいた。それは何か。柔道の技というのは、ほとんどが前と後ろに投げる技で、横に投げる技は極端に少ないということ。あのとき、それを言われてなかったら、そこまで考えなかったかもしれない。それから、自分の技を真横に崩して掛ける技に変えていったのです。柔道の選手は横への動きには弱いはずだと。そうやっていろんな人たちがいろんなことを言ってくれるのを、ただ聞き流すのではなくて、自分の中に受け入れていったことが、自分にとって、非常に力になったと思います。

国内外に正しく 柔道を普及振興させていく

講道館 館長 上村春樹

講道館の今後のビジョンについてはどのように考えているのでしょうか。

講道館の使命というのは、国内外にきちんと正しく柔道を普及振興させて受け継いでいくというのが一番大事なことであって、そのために、分かりやすい言葉で、きちんと伝わるように説明するというのは、最初に話した通りです。専門家になると、簡単なことを難しく話しがちですが、逆に、難しいことを簡単にして説明していきたい。そして、技というのはきちんとやれば誰でもできるんだということを伝えていく。そういった技術書も発行していきたいと思っています。柔道に関する言葉もいろいろありますから、その説明もきちんとしていく使命があると思っています。

あと、いろいろなところから、周年行事で来てほしいという依頼もきていますし、講道館講習会をやって下さいという要請もたくさんあります。いまは、基本指導と子どもたちと形の分野でやっていますが、そういうものをもっとやっていきたいですね。

もちろん、日本の柔道を正しく発展させていくために、青少年育成講習会もやっていきます。とくに、講習会などを行なう機会の少ない小さい町や島にも直接行って、正しい柔道を伝えていきたい。青少年育成講習会と言っても、実は指導者の育成という意味合いも強く、とても大切な講習会だと考えています。そうして、日本国内で緻密に柔道の普及振興活動をしていきたいですし、世界でも同じように活動していきたいと思っています。

社名・役職などはインタビュー当時のものです。

インタビュー:2019年4月

経歴

昭和26年2月14日

熊本県下益城郡小川町(現・宇城市)で生まれる

昭和44年

明治大学に入学

昭和47年11月

全日本学生柔道選手権大会で優勝

昭和48年4月

全日本柔道選手権大会で優勝

昭和50年4月

全日本柔道選手権大会で2度目の優勝

昭和50年10月

世界柔道選手権大会(無差別級)で優勝

昭和51年7月

モントリオール五輪柔道(無差別級)優勝

昭和63年~平成4年

ソウル五輪、バルセロナ五輪で全日本柔道監督に就任

平成4年~

全日本柔道連盟強化委員長

平成21年~

第五代講道館館長に就任、全日本柔道連盟会長も兼任
現在は、講道館館長として柔道の普及振興に努める

公益財団法人 講道館

講道館

講道館は、1882(明治15)年に嘉納治五郎師範によって創設され、世界約200の国と地域で行なわれている講道館柔道の総本山であり、講道館柔道を指導研究教授してその普及発展を図り、国民、特に青少年の心身鍛練に貢献することを目的とした公益財団法人。現在は東京都文京区春日にあります。
青少年を対象とする学校「講道館」の運営、柔道による青少年の健全育成に関する実践報告や研究会の開催、国内外諸団体との連絡資料交換及び交流、柔道に関する講習会の開催、大会の開催、柔道指導者の養成及び外国派遣、外国人指導者の受け入れ、柔道に関する図書雑誌の発行、柔道の段位の認定など、柔道の普及振興のための活動を行なっています。

講道館
〒112-0003
東京都文京区春日1-16-30

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