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エネルギッシュな小学生時代、 あり余るエネルギーを柔道で発揮

山下会長が柔道と出会ったきっかけを教えて下さい。
私は小学校に入学した時点で6年生並みに体が大きく、非常にエネルギッシュで負けず嫌いでした。周りに当たってしまうこともあり、私が怖くて学校に行けないというクラスメイトも出るなど、両親がこのままでは後ろ指をさされるような人間になってしまうと心配したほどです。
そんな折、近くに指導が非常に厳しい柔道場があることを知った両親が、柔道をやらせれば少しは人に迷惑をかけない子供になるのではと思い、私に柔道を勧めたのがきっかけです。
指導が厳しくて、柔道が嫌になることはなかったですか?
指導が厳しいという記憶は全くありません。と言うのも、道場ではルールを守り先生の指示にさえ従えば、存分にあり余るエネルギーと闘争心を発散できた。柔道にだんだん夢中になり、面白かったんです。体も大きかったので、試合に出て良い結果を残せました。柔道が盛んな熊本県の小学生柔道大会では、5年生で2位になり、6年生で優勝できたんです。
そのおかげで中学校へ入学する前には、当時柔道の強豪校だった熊本市内の中学校からうちの柔道部に入らないかと声をかけられました。熊本市から約40km離れた町に住んでいましたが、入学することにしました。
中学校で大きく変わった柔道人生

入学した中学校で柔道を続けていかがでしたか?
進学した中学校の柔道部は、当時公式団体戦9年間無敗の記録を誇るほどの強豪校でした。私が中学にいた3年間も、毎年全国中学生柔道大会に出場し3連覇したほどです。私は2年生と3年生のときに試合に出場しましたが、2年生のときには決勝戦で先鋒だった私だけで全員に勝ちました。5人勝ち抜き戦だったので、5-0です。
ただ、この記録以上に、中学は恩師である監督・白石礼介先生と出会えたことが大きかったです。柔道人生が変わりました。先生は「試合で勝つための柔道」だけではなく、「柔道人としてのあるべき姿や、柔道を創始した嘉納治五郎師範が目指した柔道」について、私達に丁寧に話をしてくれました。
「柔の道」とはそこで学んだことを人生で活かせるからこそ「道」だということ。柔道と日常生活、そして人生というのは繋がっている。道場で先生や仲間に対して、きちんと挨拶をすることはもちろん大事だけれども、父や母、学校の先生方にも同じ挨拶ができてこそ柔道である。道場で大事にしていることを普段の生活でも大事にしなさいと話して下さいました。
また、チャンピオンになれるのはごく一握りの人間しかいないけれども、チャンピオンを目指して頑張った精神を持っていれば人生のチャンピオンになれる。だから人生のチャンピオンになるために、勉強も大事にしなさい。文武両道が大切だと教わりました。
スポーツのフェアプレイ精神を 社会で活かせるように貢献していきたい

白石先生の教えは柔道人生を変えたとのことですが、その後にも影響がありましたか?
実は私は2006年から2014年まで、8年間神奈川県の体育協会の会長を務めていました。それまではずっと知事が会長を務めていたので、民間人として初めての県体協の会長です。
当時、神奈川県は全国でもいじめの発生件数や不登校の割合が高かったので、最初に取り組んだのがいじめ防止でした。まず緊急集会を開いて、神奈川県にあるいろいろな団体の代表の方々に集まって頂きました。ここで「スポーツで一番大切にしているフェアプレイ精神を、日常生活で活かすことが重要だ」とお話をさせて頂きました。白石先生の教えのままです。「日常生活もフェアプレイだ。フェアな精神に一番反するいじめを許さない。そういう活動に取り組んでいきたい」と申し上げたところ、全員の賛同を頂くことができました。
その後東京五輪・パラリンピックの開催が決定し、それに関する仕事と神奈川県の体育協会会長の仕事を両立できないと判断し、引き止められましたが会長職を辞することにしました。「フェアプレイ精神は日常生活で活かしてこそ価値がある」という考えを、必ず日本のスポーツ界に広げていくと神奈川県体育協会のメンバーと約束をしました。
2020年の東京五輪・パラリンピックは、成功させることが一番です。その中でも、「日常生活でもフェアプレイの精神」について一人でも多くの人のご理解を得て、スポーツ界全体が「フェアな社会、助け合う社会、弱者に優しい社会を作る」ことに貢献できるようになっていきたいと考えています。
東京五輪・パラリンピックを成功させるために JOCが取り組むこと

東京五輪・パラリンピックを成功するために、JOCが取り組んでいることは何ですか?
東京五輪・パラリンピックは、主に東京2020組織委員会が準備を進めていますが、JOCは東京都や国と一緒になって、組織委員会へ人を派遣したりすることでかかわっています。
先日のラグビーワールドカップが大成功したことでも分かるように、東京五輪・パラリンピックの成功のためには、開催国の選手が活躍することが不可欠だと言われています。その点はJOCに国や国民の皆さんが一番期待しているところではないかと思います。そのため、五輪であれば金メダル30個の獲得を目指し、各競技団体と一緒になって選手達が少しでも良いコンディションで臨めるように組織委員会に働きかけています。そして五輪とパラリンピックは一体ですから、双方の連携もこれまで以上に深めていきたいと考えています。
JOC会長としてご多忙の中、ご自身がモチベーションを保つためになさっていることはありますか?
現役時代は、自分の意識を高めたり、やる気を起こしたりすることをしていましたが、今は私の周りで仕事をしてくれる人のモチベーションを上げるために、自分が何をすべきなのかを常に考えるようになりました。上に立つ者ほど、一緒に働く人達のモチベーションを高めていくことが大切だと感じているからです。
ただ、周りの人達が元気に生き生きと働くためには、まず私自身がそうでなければダメです。私が気難しそうな表情をしていたり、不機嫌だったりすると周りも笑顔になれません。JOCの会長になって最初は慣れない仕事とプレッシャーで大変なこともありましたが、そんなときでも笑顔で疲れを見せないようにしていました。今も心身の健康には一番気を付けています。
国内全体にスポーツを普及することも、 JOCの大事な役目

東京五輪・パラリンピックのあと、JOCが取り組んでいきたいことはどんなことですか?
選手を五輪に派遣することだけではなく、国際競技力を向上させることがJOCの役割だと考えています。ただ、各競技団体と一緒になって選手を育成し、世界へ送ればいいのかと言うと、それだけではありません。選手に限らず、すべての人々にスポーツへの参加を促していきたいと思っています。分かりやすく言うと、様々な年代や障害を持った人がスポーツに親しめる環境を、国やいろんなところに働きかけながら作っていきたいのです。
今、心を病んでいる人が多いと言われていますが、体を楽しく動かして汗をかけばストレス発散になり、心身共に健康な人達を育成することになるはずです。また、異文化交流の点でもスポーツは重要な役目を持つはずです。様々なスポーツ交流を通して、自分と違う文化や思想、あるいは歴史的背景や宗教などを乗り越えてお互いを理解していくことになるでしょう。そしてそれが、世界平和に繋がっていくと考えています。
これまでもJOCが取り組んできたことですが、来年の東京五輪・パラリンピックが終わったあとも、もっと国民の皆さんの目に見えるところで、こうした運動を展開していこうと考えています。
若い人達には世界に目を向けると同時に、 チャレンジ精神を忘れないでいてほしい

世界を舞台に活躍してきた山下会長から、若い世代へメッセージをお願い致します。
若い人達には、ぜひ世界に目を向けてほしいです。そういう意味で来年の五輪・パラリンピックは良いチャンスだと考えています。国内で同じような考えを持った人達と生活していくのは楽かもしれませんが、未知の世界や異文化の国とかかわることで、自分の視野が広がったり、世界の広さや大きさ、そして日本の素晴らしさも分かってきます。世界に目を向ければ、目の前に映る景色も違ってくるんですね。
また、ぜひ今の若い世代の人達には自分の好きなもの、やりたいことを見つけて、思いきりチャレンジしてほしいです。ときには失敗することもあるでしょうが、失敗から学ぶことはたくさんありますし、若い頃の失敗は全部財産になります。やりたいことや目標は途中で変わってもいいと思うんですよ。何かにチャレンジしていくことに価値があると思うので、ぜひチャレンジ精神を持ってエキサイティングな人生を送ってほしいですね。